Racing Diary 2003's Race

全日本ロードレース選手権 最終戦 TIスーパーバイク

2003年10月18~19日 岡山県 TIサーキット英田

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ケンツGSX-R1000+北川圭一、有終の美を飾る今期5勝目!

  いつもお世話になっています。ケンツJトラストMOJO-WESTの北川圭一です。今回は今シーズンの全日本選手権ロードレースの、僕の参戦レポートです。

  今回は、いよいよ最終戦のご報告をしたいと思います。 チャンピオン獲得から約1ヶ月。いろいろなイベントや挨拶まわり、チャンピオン獲得をお祝いしてもらったりと忙しい日々が続きましたが、それでもきちんとTI事前テストもやっておきました。チャンピオン獲得に浮かれることなく、最終戦を勝って終わること。これが、僕とチーム全員の当然の目標です。

  チャンピオン獲得がかかった前回の菅生も、口ではいえない、態度には出ない、すごいプレッシャーがありましたが、レース後はとにかく、目標をひとつクリアして、ホッとしていた状態でした。これで最終戦はリラックスしてイケる、と思っていたのですが、いざTI入りしてみると、ものすごく緊張していました。勝って終わりたい、というプレッシャーとも少し違うのですが、これで今シーズンが終わるんだ、チャンピオンらしく締めくくりたい、という気合が入り過ぎていたのかもしれません。

  金曜からの合同テストでは、いつもどおりにマシンのセットアップからスタート。10日ほど前にきた事前テストは、珍しくドライで走ることができたので、ほぼセットアップのスタートは決められていました。あとは、レースウィークのコンディションに合わせて、車体まわりのセットアップをアジャストして、決勝タイヤを選ぶだけです。7月のもてぎ戦もそうでしたが、事前テストがきちんとできていれば、やはりウィークの3日間を有効に使えますね。

  タイムは事前テストのときのものに0秒5ほど及ばないものの、マシンもうまくまとまって、金曜の合同テストの結果は、午前、午後ともトップタイム。でも山口選手(カストロールホンダ)、辻村選手(TSRホンダ)らホンダCBRとブリヂストンタイヤの組み合わせが手強そうです。ダンロップ勢ではぼくと、ヨシムラスズキの渡辺選手が合同テストの1-3位。シーズン後半になるにつれて、どんどんライバルの追い上げが激しくなってきた感じです。

土曜の公式予選もドライ。ここでもセットを詰めながらタイヤを選ぶため、こまかくピットインするというよりは、ロングランをしながら予選を消化していきます。なので、午前のタイムはセッションが始まって早々に出したもので、終わり間際にタイムアタックということもしませんでした。ベストラップが1分32秒073で、コンスタントに32秒台で走れるマシンには仕上がっていきました。

  午後も午前の作業を続け、路面温度が上がったこともあって、予選終盤に31秒7までタイムアップ。特に予選タイヤを履いてのアタックをしていないので、このあたりが決勝での周回タイムになりそうです。やはりここでもブリヂストン勢が手強くて、辻村選手に敗れたオートポリス同様、レース展開も考えなければならない決勝になりそうです。

  迎えた決勝日もドライ。暑くもなく寒くもなく、路面温度も20~30度と、ちょうどいい気象です、ウィークを通じて、こんなにTIが晴れることって、ここ数年では珍しいことです。まさに、絶好のレース日和でした。

  スタートでちょっと出遅れたものの、辻村選手、井筒選手(桜井ホンダ)が前に出ながらレーススタート。井筒選手、辻村選手の順でトップに出る展開で、序盤から前に出たかった僕は、1周目のヘアピンで仕掛けてトップに出ました。こんなに早い仕掛けはめったにないのですが、オートポリスでも考えたように、ブリヂストン勢が強そうなときは、先行逃げ切りしかない、と思っていたんです。ダンロップが悪いわけではもちろんないけれど、向こうはライフが終盤まで長持ちするかわりに、序盤ややペースが上がらないうちに引き離してしまおう、という戦略です。これならば、ダンロップのいいところを使って勝負ができますからね。

  順位がやや落ち着いた3周目あたりからは、トップの僕だけが31秒台で走り、2番手以下は32秒台、というラップがいくつかありました。2番手の辻村選手との差は、5周目に1秒7、それから毎周1秒ずつ引き離して11周目には5秒を越えました。こうなると、僕は自分のペースで走ることができるし、自分のベストラインで周回できて、タイヤの負担も少なくて済みます。ただし、バトルをしている2番手以降は、競り合うためにタイヤを消耗させてしまい、2番手争いをしているうちにトップは逃げることができる。まさしく、考えていたとおりの展開に持ち込むことができました。

  5秒のセーフティをキープして走行すると、2番手以下はそのうちに僕を追う気持ちが弱まり、目先の順番争いに勝とうと思うようになるものです。いわゆる2位、3位キープというやつで、相手がこの考えを持ってくれれば、先行逃げ切り作戦は完了。25周のレースで、20周目には6秒以上の差をつけたことで、ほぼ勝ちは確信できました。

  ラスト2周ぐらいで、ほぼ勝ったと思いました。あとは、たくさん来てくれたファンのみんなと、今回もスタンドに集結してくれた「K1応援団」のみんなに、カッコよくウィリーゴールをキメてやろう、と思いながらラストラップへ。コース後半になって初めて後を振り返り、よーし後も来ていないし、他のライダーのジャマにもならなそうだ、とダブルヘアピン、最終コーナーを立ち上がりながらウィリーの準備へ。

  しかし、ウィリー準備にちょっとバタバタしてしまい、失速し、仕切りなおしてガーンとフロントタイヤをアップ。ちょっとアクセルコントロールがうまくいかずにウィリー状態は長く続きませんでしたが、フロントを着地させてゴールラインへ。しかし!その直後に、5秒も6秒も引き離していたはずの辻村選手が、ぼくの横を駆け抜けて行きました!ラストラップを迎えたときに、辻村選手と差は4秒5、なのに正式結果では、わずか0秒6しか差がありませんでした。ウィリーでモタモタしているうちに、ま後まで差を詰められていたのです!

  ゴールした瞬間、事情を理解しました。あんな形で抜かれなくて、本っっっっ当によかった。あやうく全日本の歴史に「爆笑の大逆転」として名前を残すところでした(笑)。

  ともあれ、最終戦もこうやって優勝することができ、すばらしいシーズンを一番いい形で終わることができました。200kmや8耐、オートポリスと、いくつか悔しいレースはあったけれど、それをバネにがんばることができたし、チャンピオンを決めた菅生と最終戦、2連勝で終われて、本当にうれしかったです。全部終わったんだなぁ、と言う気持ちと同時に、やーーーっとホッとできました。いや、気分がいいシーズンになりました。

  93年にカワサキでTT-F1のチャンピオンになって、2001年にS-NKクラスでチャンピオン。F1のタイトルから10年もたって、ぼくもいい加減いいベテランになってきましたが、今年は本当に自分でも乗れていたし、マシンのセットアップも外すことがなく、マシンをコントロールすること、レース展開を作ることといった新しい勉強ができたシーズンになりました。まだまだ進歩している実感もつかめた、実のあるシーズンになりました。

  K1応援団としてサーキットに来てくれるみんな、それにサーキットでがんばって下さい、と声をかけてくれるファンのみなさん、僕のウェブサイト(https://k1-kitagawa.com/)に遊びに来てくれているたくさんのひとたち。皆さんの声援、激励、掲示板への書き込みは、本当に力になりました。

そして、Jトラストさん、MOJO-WESTのグッドニューさんをはじめとするご協賛いただいた企業のみなさん。ダンロップタイヤさん、ショーワサスペンションさん、モチュールオイルさんをはじめとしたテクニカルスポンサーのかたがた、RSタイチさん、アライヘルメットさん、そしてGSX-Rをサポートしてくださったスズキさん。皆さんのおかげでチャンピオンになることができ、最高のシーズンを送ることができました。

  そしてなにより、僕を一番そばで盛り立てて叱咤してくれた、川島監督をはじめとするケンツのみんなへも、本当にありがとう。北川圭一は、まだまだ進化し続けます!

 

  来年の体制など、また発表できるタイミングになったら、ご報告させていただこうと思います。来年もまた今年と同じメンバーで、最高のシーズンを送れたらいいな、と思っています。 たくさんの声援、ご協力、ありがとうございました。

2003年10月
ケンツJトラストMOJO-WEST
北川圭一
 
RESULT
順位 ライダー マシン
優 勝
北川 圭一
スズキGSX-R1000
2位
辻村 猛
ホンダCBR954RR
3位
渡辺 篤
スズキGSX-R1000
4位
井筒 仁康
ホンダCBR954RR
5位
山口 辰也
ホンダCBR954RR
6位
中富 伸一
ヤマハYZF-R1
7位
出口 修
ホンダCBR954RR
8位
浜口 俊之
ホンダCBR954RR
9位
川瀬 裕昌
スズキGSX-R1000
10位
江口 馨
ホンダCBR954RR

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